方が前だといふことは解るわね。」
さう云つて、未だ石地蔵ほどの人間味も現れてゐない「私」の土塊を、そつと眺めてゐた。
岡は襤褸布を絞つて、「私」を包みはじめた。
「もう幾日位ゐしたら、似て来ますの?」
「さあ――明日、若し、続けられるとして、続いて二日――位ゐしたら、そろそろヘラ[#「ヘラ」に傍点]を使ふやうになるでせうから……」
岡が左う云ふと彼女は私の方を向いて、
「ね、休まずに続けなさいな。」
とすゝめるのであつた。「二三日、此方に居続けたら何うなの?」
「それは――無理でせう。」
と岡が引きとつて、桑畑の下の小屋を指さした。――「病気になるといけない。」
岡が、この程度にでも物を言ふのは珍らしい! と私は思つた。
それにしても私は、モデル椅子に坐りはじめてからといふものは、何うもこれまでの私とは稍趣きを異にした寡黙家に変つたやうに思はれて来た。
桑畑の下の小屋からは、未だ日も暮れぬといふのに大きな酔つ払ひの声が挙つてゐた。鶴井の弁舌が効を奏して、四斗樽が到着してゐたのである。鶴井や倉の他に、別のしやがれた男の声と、鳥に似た女の歌をうたふ声が交つてゐた。
二
小屋から巻き起つて来る唱歌は、狸よ、狸よ、お寺の庭は、今宵も隈なき月夜の萩の花ざかり、同勢集めて出ておいで、一杯機嫌のお月見で、和尚さんは大浮れ、浮れて浮れてぽんぽこぽん、お前も負けずに打てや打て、ぽんぽこぽんと腹鼓……。
歌詞を私は、覚えなかつたのであるが、たしかそんな意味合ひのおどけた童謡で、ぽんぽこぽん……と、腹鼓の擬音を一節毎に合唱するのであつた。
それが物凄まじい胴間声と、しやがれ切つた調子放れの、だが歌手自身は唱歌手としての一種のポーズを執つてゐる態の有様が窺はれて、聴く者の身に悪感を強ひられる如き変梃なてのうると、さうかと思ふと、女のこれはまた実に突拍子もない人騒がせ気な、聴く者の胸に、その唱歌者の無神経質な偽陶酔状態を感ぜしめて身を切らるゝ百舌鳥に似たそぷらの、そのほか無造作に耳を澄すと、ひとつひとつが、いろいろな動物の不自然な場合に発する唸り声を例証に挙げて、滑稽めいた形容辞を冠せずには居られない底の、雑多な騒音が、決して飽和することなくばらばらに入れまじつて、だが、夫々精一杯に絶叫されてゐるので、寧ろ、それは、白昼であればあるだけ、あたりが森閑とした
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