上に垂直に立てた。
さて、それを制作台の上に据ゑると彼は、主柱を心棒にして、其処に形造られるべき私の姿を、指先を持つて想像した後に、今度は荒縄を水に浸して、壁に向つて、サツと切つた。しぶきは壁の隙間を飛んで、軒下の八ツ手の葉に降りかゝつた。彼は縄の一端をつかんで更にもう一度空に、鞭に等しい凜烈な唸りを響かせ、力強く唇を噛みながら螺旋状にギリギリと支柱に巻きつけた。
其様子を見守つてゐると私は、体内に奇怪な震動を覚えた。此一本の支柱は私の脊髄に該当し、螺旋状に巻かれた荒縄は私の内臓器官と神経系統に相当する――と私は想像したのである。
「さあ、これから――!」
これが「私」の肉附けをするために、最初に土塊をとりあげた岡の最初の言葉であつた。私は、思はず、礼儀正しい写真を撮影する刹那に似た気取つた緊縮を身内に覚えた。
「自由な心持でゐて呉れ給へよ。そして自由なことを考へてゐて呉れ給へ。」
岡は云ひながら私の顔を視詰めて、一気に両掌の土塊を柱に固めつけた。岡が自発的に言葉を発したのを私は珍奇に思つた程彼は、酒に酔はぬ時は無口の質である。――柱は、忽ち百目蝋燭程の土の棒と化し、やがて間もなく柱の中下部以下が三倍の太さとなり、壜型となつた。混沌の大気の中に、雲煙が凝つてアミーバが形成される概であつた。
第一日の仕事を終へた。
岡は壜型の氷結を防ぐために、濡襤褸《ぬれぼろ》をもつて幾重にも大切にこれを包んで、最後に毛布を覆つてから、肩のあたりを細紐でくゝつた。
「斯うして置けば、このまゝ――若し君が幾日休んでも大丈夫……」
「出来るだけ毎日来るつもりだけれど、万一あまり長く間を置くやうなことがあると、君の創作気分に触るやうな場合はありはしないかね?」
私は、自信の無い受動的な気分ばかりで、そんなことを怖る怖る訊ねた。
「三年――」――岡は、眼をギヨロリとさせて唸りながら微かな笑ひを浮べた。――「三年、間が飛んでも此方は平気だよ。」
石油ストーヴは油が切れて、丁度、自然と火が消えたところだつた。
アトリヱを出て段々になつた桑畑を降り切ると、此処にも四角な掘立小屋がある。これも岡の手製の家で、以前彼は此処を木彫室に使つてゐたが、倉閑吉と鶴井大次郎が住み込むやうになつて以来は、二人のために完全に明け渡したのである。
囲炉裡で、さかんに火が燃えてゐた。鮒が焼かれてゐた
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