のだ。
 枝原達の勝負が終るがいなや、厚紙の盤をもう守吉は有無なく私の方に向けるので、あまりすすまないのであるが私も駒を並べずにはをられなかつた。それに就いて私は既に守吉に三千円の負債を負つてゐるので、いや! といへば卑怯になるのだ。守吉の申出で、一回の勝負を私達は五銭と定めてゐたのだが、実際のとりひきはその単価で行ふとしても、せめて口だけでは景気好く零を二つ加へた勘定で話し合はうではないか――と、それも彼の発案で、此方も賛成してゐたのだ。そして、私の負債が一万円(実は一円)となつたら支払ひをすることを約束してゐたのだ。
 その時は私も、たはむれごころで、その程度の負債ならば即座に支払つて守吉の笑顔を見るのも一興だ、一万円の負債を払ふなどは面白いと思つたのであるがそれからと云ふもの彼は往来などで出遇つても、大きな声で、
「何しろ俺は、この小父さんに金の貸があるんだからな!」とか「例のものは何時払つて呉れるの、あのまゝで止めるんなら、あれだけでも何とかして貰ひ度いな。」などと真顔になつて吹聴するので、少々私は煩くもなつてゐたのだ。
「今日は、千円でやらう。」
 面倒だから、三回勝つてしま
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