はう、注意さへすれば負ける筈はない。――と私は思つたのだ。
「よしツ! 俺は兎も角三千円のもとでがあるんだからな、実に三千円の貸しが……」
 守吉は腕まくりをして胡坐を組んだ。
「さう三千円三千円と、そのことばかり云ふなよ。」
 私は割合に真面目な顔で呟いた。
ところが私は、二番、三番と忽ちのうちに敗北した。余程注意の念を凝らしてゐるつもりでも、つい私は、ふと他の妄想に走つたり、のべつにまくしたてる守吉の駄弁に煩はされたりして、くだらぬところでいち時に三つもはさまれてしまふのであつた。
「五千円――あゝ、吾輩は終ひに五千円の金持となつたか――愉快愉快!」
「もう一番!」
 私は思はず膝を乗り出して挑戦した。
「飛んで灯に入る夏の虫――とは手前えのことだ。さあ、寄れ、寄らば一刀両断で……」
 別段彼は私を罵るわけではなく、口癖となつてゐる芝居の科白を滑達にまくしたてるのだが、次第に私は、それらの科白までが小癪に触つて堪らなくなつた。どうかして私は、二挺ハサミの追撃でも喰はせて一と泡吹かせてやりたいものだと、二手も三手も前から遠囲みの陣形で攻撃にかゝると、彼は忽ち私の魂胆を見破つて、
「斯
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