う来る、あゝ来る――か、ふゝん、太え了見だ。この、どめくらの田舎つぺが!」
 あはや私の鉾先が、もう一手で敵の陣中目がけて両天秤の凱歌をあげさうになる途端、私は快哉の叫びを挙げんものとわくわくしてゐるのだが、つい彼の悪態が耳について胸が震へ出すのだ。
「左う来りや、斯う逃げて――」
 彼は潜航艇の真似などをして、飛鳥の如く駒を翻すので、私は唇を噛んで追跡にかゝつてゐるうちに、
「さあ、何うだ、思ひ知つたか!」
 彼は、突然げらげらと笑ひ出すのだ。驚いて私は陣形を見直すと、追撃にばかり熱中してゐた私の駒は、見事敵の逆手に陥つて立往生の両天秤にかゝつてゐるのだ。
「わつはつは……痴けの猿め、大臼にしかれて成仏さつしやれ。」
「……チツ、畜生! 口惜しいな!」
 私の胸と肚はふいごのやうに伸縮して、熱気が口や鼻腔から激しく噴出した。負債は、見る間に火の車に煽られて一万八千円と飛んだ。
「一万円で行かう。」
 私は非常にいら/\としてうめいた。
「あの……ぢや、守公のところへ行つてゐますよ。」
 私が小説の読後感をのべる約束なのに、さつぱり動かうともしなくなつたので進藤は不安な気色を浮べながら
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