枝原を促して立ち去つた。これまでに私は進藤の小説を幾篇か読み、相当の敬意を持つてゐたが、今日の「大きな手」と題する短篇は近来の快作だつた。私は、何んな類ひの賞讃辞を与へたら好からうか――と、親しい間柄の進藤の場合であるだけに寧ろ白面の推賞が息苦しかつた。愛読に値する二人の新しい作家を同時に友達に得られるなどとは私にとつては全く稀有の現象だつたが、大分前に私は枝原の或る小篇を亦、あまり口を極めて推賞しすぎたゝめに、彼は近頃嘗ての私の賞讃辞をおそれて、創作気分に頓坐を来してゐた。その枝原の「危禍」を思ひ合せても、今日の進藤に対して私は苦しい注意を抱かねばならぬと思つたのだ。それにしても進藤の「大きな手」は、恰も私はガンと頭を打たれて痴夢を醒された態の快作で、作者の顔をうかがふすら息苦しかつた。
「一万八千円の財産から、一万円を張り込むのは少々山カンだが、まあ好いだらう。」
 守吉は、陶然と眼をかすめて意地悪るらしく頤を撫でたりした。
「一万円宛で、もう二度やるんだぞ。」
 考へて見ると私は、その時三千円の支払ひ能力すら皆無だつたので、一挙にして二万の金を攫得してしまはうと念じた。
 やがて
前へ 次へ
全22ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング