たな!」
 守吉は仰天して飛びのくと、頭をさすりながら、しかし私が真面目であるか何うかを見定めるやうに、おどけた眼つきで此方を見あげた。
 私は、吾に返つて、はつと後悔したが、もうとり返しがつかぬ気がしたので、追ひかぶせて、
「喋舌り過ぎるぞ、手前えは――」
 と威猛高になつてしまつた。守吉は突然私の威勢に驚いて、唇の色を変へた。同時に彼は私の卑怯な心底を見抜いたと思ひ違へて、瞋恚の眼を光らせながら、
「打ちやあがつた。そんなに口惜しいか――浪人野郎!」
 借金よこせ――彼はあらん限りの声で絶叫すると一緒に、転げるやうに梯子段を駆け降りた。――その誤解が二重に私を逆上させた。私は、鷲掴みにして、口をおさへてしまはうとして、飛びかゝつたが、思はず脚を滑らすと、家鳴りをたてゝ梯子段を滑り落ちた。幸ひに、尻を落して脚を先に滑つたので頭を打つ危禍を逃れたが、その物音で階下の人達が飛び出す騒ぎになつた。
「ざまあ見やがれ。」
 守吉は崖の上から覗きこんで、
「借金よこせ/\!」
 とばかりに調子をとつて連呼した。

     三

 守吉の騒ぎを聞いて、空地にあつまつてゐた大高源吾や堀部安兵衛や
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