は次の村で、酒の工面をする! といふ、空しい約束で――。
私が、負けた。
翌日の午頃次のR村に着いた。毎日々々麗はしい天候が続いてゐた。
私は、酒のことが気にかゝつて、一行から稍おくれて、何となく迂参な眼つきをしながら、家々を眺めながらとぼ/\と歩いて行くと、梨の花が咲いてゐる納屋の傍らで藁をきざんでゐる老婆が、不図此方を向き、稍暫らく凝ツと私の顔を見守つてゐたかと思ふと、突然、
「まあ!」と頓興な声を挙げた。
「お前さんは、新町のお坊ちやんぢやねえかのう? まあ/\、好くお出なすつたのう。」
「婆やか……」と私も頓興に叫んだ。私は乳児の時代にこの老婆の乳をのんだ由である。それが縁でつい二、三年前まで春、秋には毎年老婆は農産物を携へて私の生家を訪れてゐたが、私の家が私の代になると、居所不明になり、私も、今が今迄老婆のことは忘れてゐた。
私は、声を挙げて先に立つてゐる一行を呼び返した。
「よくまあ、婆やのことを忘れずに来て下すつたのう。おゝ/\、永生《ながいき》はしたいものぢやわい。それで、お坊ちやんはお幾つにおなんなすつたかな?」
「三十四――」
私達は、はねつるべの井戸端で
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