ノさん――?」
「僕達一同は、夫々一人|宛《づゝ》のロビンソン・クルウソウになつて、こいつは何とか思案を回らさなければならないぞ……?」
 一同の者は次々に斯う云つて腕を組み、そして、その言葉の終りに感ぜられる「……、|?《クエスチヨンマーク》」は一勢に私に向つて放たれてゐたわけであつた。人、二人以上相集れば、指揮者を俟たなければならぬ。号令者の声を待たねばならぬ。――そして、最も年長であり、また常々最も高言家である! ことだけを理由にしても、私が、こゝに至れば、指揮者となり号令者と化して、奮ひ立たなければ、浅間しい内乱が生ずるより他に道のない嶮崖に私達は到達したわけであつた。
 で私も、喰べかけてゐたパンとキウリを卓子《テーブル》の上に置いて、厳かに腕を組み、最も思慮深気に、そして強さうに、凝ツと眼を据ゑて虚空を視詰めた。
 ――ところが私は、秘かに深い溜息を衝いた。それは、単に私自身を軽蔑し、慨嘆する溜息であつた。何故なら私は、これ程切端詰つた状態に立ち至りながら(おゝ、吾々生物の生活に於て、これ以上の窮乏といふものがあるだらうか!)私の頭の中は、何となく麗らかな空に白雲が飛んでゐるかのやうな、白々しさに澄み渡つてゐるばかりで、何んな類の思案も浮ばぬのであつた。若し、周囲の者の打ち沈んだ眼さへなかつたら、おそらく私は、そんなに厳かに腕を組んだり、凝ツと眼を据ゑたりはしなかつたであらう! これは一体何うしたといふことであらう! ――たゞ、私は、そんなことを思ひ、また、「最も麗はしい言葉」や、「未だかたちの出来てゐない創作上の夢が、不図斯んな場合に愉快な緒口を得て花やかに展けるかも知れないよ。」――などと思つてゐたので、私は一層私自身に軽蔑と慨嘆とを覚えずには居られなかつたのである。
「さあ、一刻も早く……?」
「ともかく吾々は斯うしてはゐられないのだから……?」
「号令だ、号令だ……?」
 それらの狂ほし気な唸りが火になつて私に迫つた。――私は、腕を組んだまゝ席を立ち、徐ろにテントのまはりを一周した後に、演説者のやうな熱いジエスチユアをもつて言葉を放つた。
「武装を整へて出発だ。――万一、獲物がなかつたら、掠奪より他に道はないよ。被掠奪者に対しては罪を感ずるが、凡ゆる努力をした後の、最後の饑《うゑ》のための掠奪に対しては天に恥ぢる要はない筈だ。」
 私達は何時でも
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