わけには行かないのか、運動の為に逆立ちをするのが何が悪い。」
「みつともないですよ、運動なら運動らしいこと、歌なら歌らしいこと……」
「くどいぞ! ……あゝ、酔つた/\。」
 わけもなく滝野は、そんなことを云つた。「馬鹿にするない。」
「あゝいふ風に心が曲つてゐる!」
「何だつて出来るぞ。」
「ぢややつて御覧なさい、勝手におやりなさい――だ。」
 滝野は、ふら/\と立ちあがつた。「よしツやつて見よう。踊りでも踊つて見ようか。」
「トンボ踊りは御免ですよ。」
 二人とも喧嘩口調で、そんな馬鹿/\しい会話を取り交した。トンボ踊りといふのは、滝野が酔つた時自分で出たらめに名付けた出たら目の踊りで、口笛を吹いて、両腕を延して、爪先で立ちあがり、漫然と部屋のなかを彼方此方に浮遊する割合に静かな遊戯だつた。遊戯中に、首全体を蜻蛉の眼玉になぞらへてクリクリと回転させたり、軽く尻もちをついて、蜻蛉が水の上に産卵する光景を髣髴させたり、高く舞ひ、翻つて低く飛び、鳶の如く悠々と翼を延し、黙々として青空の下を遊泳する趣きを、見る者に感ぜしめるのだつた。
 立ちあがつた彼は、その得意の舞を演ずるつもりだつたが
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