う生活も気分も行き詰つてゐては何うすることも出来ない、何かを沁々と習ひたいものだ。」などゝ上ツ調子に喋舌つた。「君は、さつき何とか君の愛誦する詩を朗吟したな、何だつたかね、もう一辺やつて見て呉れ。」
「ヴヱルレーヌの秋の唄だよ。」
「あゝ、さうさう、すゝりなくヴァイオリンの音とか云つたね。」
「ヴ※[#小書き片仮名ヰ、132−11]オロンだよ。――君、西洋音楽でも習つたらどうだ。」
「好ささうだな。」
「それが好い/\、あたしも一緒に習つてもいゝ。」と周子が云つた。
詩人が帰つてしまふと、滝野は何となく不機嫌だつた。そして、更に独りで酒を飲み続けた。
「ほんとうにあなた、西洋音楽でもお習ひなさいよ、此処を引ツ越したら。」
「まア考えて置かうよ。――さて、ひとつ歌でもうたはうかな。」
「遅いんですよ/\、それに昼間の約束を忘れやしないでせうね。」
「あの歌でさへなければ、好いだらう。」
夫がさう、きつぱりと云ふと周子は一寸好奇心を動かせた。(あの他にどんなことを知つてゐるだらうかな?)
「家の中でゞも自由が許されないといふのか。昼間も家《うち》でのう/\[#「のう/\」に傍点]とする
前へ
次へ
全36ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング