しなのだ、暑いから閉めておくわけには行かない、お午過ぎまで寝てゐることも止めて貰ひたい、寝像もあまり好い方ぢやない、口をあいて寝てゐる時もある。肌脱ぎになる習慣も止めて貰ひたい、運動だと称して(昼間)逆立ちをやつたり、でんぐり返しをしたり、出たら目の体操をやつたりするのも止めて貰ひたい、運動をしたければ、これも法にかなつたこと、例へば鉄亜鈴、棍棒、まだその他室内で出来るいろいろの道具がある。
「あれは焼けてしまつたかしら? 小田原の家に鉄亜鈴や、拳闘の手袋がありましたね、今度帰つた時探してきてあげませう。」
「そんなものいらないよ。」
「あなたが拳闘を習つたの!」
「僕は、知らん。」と滝野は空とぼけた。六七年も前拳闘の手袋を買つた記憶は、はつきり残つてゐた。彼は、父から拳闘の話を聞いて内心軽い好奇心を持つた。だがそんなことを見る者のある前でやつて見る程の勇気はなく、父にはセヽラ笑つて置いたが、何となくその構えをやつて見たく思ひ、わざ/\東京へ出掛けてフツトボール見たいな練習用の球とそれ[#「それ」に傍点]とを買つて帰り、他の眼をぬすんで、書斎の天井から球を吊して秘かに闘つて見たり、或は
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