とでせう。」
都の西北、といふのは滝野が四五年前、それも落第を重ねた後に漸く末席をもつて卒業した或る私立大学の校歌のことだつた。
「それから、野球の応援歌!」
「それをやつては恥かね。」
「恥ですよ。」周子は疳癪を起して、金切り声で叫んだ。――滝野は、隣りに聞えるから止めろといふ意味を眼つきに表して、女のヒステリツクの発作を制御した。
「チエツ! 昼間になつていくら遠慮深くしたつて何になるものですか。」
「そんならもう止さうよ。」と滝野もムツとして、横を向いてうなつた。
「救かるわ!」
「誰がやるものか。」
「断言しましたね。」
「無論だア。」滝野は、ちよつと亢奮すると田舎なまりの語尾になるのが常だつた。
「ぢや今度から、酔つた時は何をやるの? いくら口惜しくつたつて、あれより他のことは出来ないでせう!」
「余計なお世話だい。」
滝野は、唇を噛んでゐた。何か他に出来ることがあるかしら? とちよつとムキになつて考へて見たが、何の思ひあたるところのある筈はなかつた。
「それから、ついでだからもうひとつ頼んでおきますわ。」と周子は更に云つた。――この部屋は露路を通る人からは、すつかり見透
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