れて、滝野はよた/\と入つて来た。帽子や羽織を、駒下駄の片方なども運転助手が持つて来た。
「蝉の真似をして何が悪いんだ、他に出来ないから思案の上句、一生懸命になつてやつたんだ、面白ければ笑つても好い、だけど、田舎ツぺえだと云つて嘲笑するとは何事だア、さんぴん野郎奴、同級も糞もあるものかア。」
「何といふ格構でせう!」
 周子は、夫のしどけない身なりを、頭から爪先まで悲し気に見極めた。
「芸者遊びをするには、客の方が芸者を遊ばせてやる心意気でなければ話せねえ――とは何だ、出て来い、さア出て来い。」
「家ですよ/\。家で意張つたつて何にもなりませんよツ。」
 滝野は、余程飲み過してゐるらしく座敷へ上ると間もなく、その儘石地蔵のやうにごろりと倒れた。そしてセイセイと息を切らしながら「蝉だ、蝉だ。」などゝ周子には訳もわからぬことを叫んでゐた。
 その夜の同級会は、二十人近くの旧知が相会して盛会を極めた。酒が回り宴酣になつて、数名の芸者が来た。滝野は、初めから堅くなつて酒の回りも悪かつたが、芸者などが現れると一層堅くなつて、たゞピカピカと横目をつかつてゐた。芸者の歌が済むと、順番に客が歌ひ始めた
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