。三下りを歌ひどゞいつを歌つた。滝野も一つ位ゐやりたかつたが、何も知らなかつた。それから彼等は夫々得意の隠し芸を公開した。ある男は清元の喉を聞かせ、次の男は朗々たる長唄を吟じた。大物が済むと、小唄をやる者もあり端唄をやる者もあり、また六ツヶ敷い唄を一つやり次にはワザと粗野を衒つて、終りのところでストヽンといふ結びのあるハヤリ唄を、反つて好い声で高唱したり、一寸立上つて雛妓と一処にアヤメ踊りを一節踊つたり、男二人立ち上つて、何か支那のことらしい滑稽な身振りで手真似の供ふ対話風の唄をやつたりした。
「滝野君はさつきから見物してゐるばかりで何もやらんな。」一寸芸事が止絶れた時向ふ側に坐つて、景気好気に赤くなつてゐる男が彼を指摘した。
「ウツ。」滝野の動悸は、異様に高まつた。
「斯うざつくばらんになつてから何もやらんといふのは厭味だぜ。」
滝野の傍に坐つてゐる大変に美しい芸妓が、
「こちら、どうなすつたの!」と云つてポンと彼の肩を叩くと、その次に居並んでゐる稍年取つた妓《おんな》が、
「能ある鷹は爪をかくすつてね。」と軽く笑ひ、するとまた、向ひ側の赤ツ面が、その言葉の追句らしいキタナイ洒落を
前へ
次へ
全36ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング