掛ける気にはなれなかつた。
滝野は、定刻六時を五分も違へず、軽く反り身の心地で日本橋の会場に現れた。そこで彼は、ぽつねんと三十分の上も待たされた。
「やア暫く、遅くなつて失敬した。葭町の××で寄ん所ない会に丁度今日出遇つて、やつとのことで中坐して来た。」
「いや僕はこゝを済して××会の方へ回らなくてはならないんだ。」
「お互ひに中学時代は呑気で好かつたね、だがまア好いさ、忙しいのは結構だよ、寸暇を盗んで斯ういふ書生式の会合をするのも、これがまた一寸オツ[#「オツ」に傍点]ぢやないか。」
そんなことを云ひながら参々伍々滝野の旧友は、溌溂たる勢ひで集つて来た。
滝野は、度胆を抜かれたかたちで隅の方に堅くなつてかしこまつてゐた。
(今晩は、さぞ/\酔つて帰つて来るだらうな、一日も早く郊外にでも家を借りなければならない、あの人に任せて置いたのぢや何時のことか解りはしないから思ひ切つてあしたから新聞をたよりに家探しに出掛けようかしら……それにしても、もう十二時も回つたと云ふのに未だ帰る気配がない、この分ぢや定めし酷いことに違ひない、それともあんなに浮々して出掛けて行つた処を見るとアソビ[
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