「……さうは思つても、たゞさう[#「さう」に傍点]思つたゞけのことで、純吉の胸はマツチをすつた程にも動かなかつた。彼は、鈍い夢を振り棄てるやうに首を振つて、相手の顔などは見ずに、漫然たる笑ひを浮べながら、
「これが羞かみでゞもあるんなら、君の悪戯も効を奏したわけになるんだが、(どつこい、さうはいかないよ。)――非常に図々しいんだよ、この俺は、この俺は。」と云つた。つまらないことばかりに興味を持ちたがる川瀬へ、これで純吉は一矢報いたつもりだつた。
「そりやア文学青年なんていふ代物は、十中の八九までそんなものさ、フツフツフ……あゝカビ臭い、カビ臭い。」
 川瀬は、さう云ひながら仰山に顔を顰めて鼻をつまむ真似をした。
「小説が書けないで閉口することを小説にした小説が往々あるが、その種の小説程馬鹿/\しい物が、またとあるだらうか!」
 純吉は、さつき云はうとしたところに漸く話を戻して、いかにも立派な意見でも吐いたかのやうに重々しく呟いた。
「俺はそんな小説は、てんで読んだこともないから知らないがね。」と川瀬は、空々しく煙草を喫しながら、
「つまらなければ読みさへしなければ好いぢやないか、つま
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