の下に小さな机を向けて、室内の凡てを背にして、端座し続けてゐた。次の間で周子は、子供を相手に編物をしながら、時々夫の後ろ姿を眺めた。
「この唐紙を閉めるんだ。」
滝野はさう云つて閉めにかゝつたが、具合が悪くてうまく閉《しま》らなかつた。彼は、性急に舌を鳴して、断念してまた元の座に返つて煙草を喫してゐた。――そして、彼は時々口のうちで極く低く何やらぶつ/\と呟いだり、大業に胸を引いて、稍暫く首を傾けてゐたり、チヨツと舌を打つたり、さうかと思ふと、薄気味悪いことには、にや/\と声のない笑ひを浮べたり、ウン[#「ウン」に傍点]といふやうに拳を固めたり、悲し気な溜息を吐いたり、ポンポンと頭を叩いたり、唇を卑し気に歪めたり……そして、ふつと周子の存在に気付くと、忽ち気を取り直して、鹿爪らしく坐り直したりしてゐた。――その晩は、徹夜をしたらしかつた。朝になつて、周子が見ると、彼は、胡坐の儘後ろに反つて、死んだやうに眠つてゐた。
机の上に原稿用紙が拡げられて、その何枚かが滝野のイヂケた文字で埋つてゐた。
周子は、悪い気がしたが、好い加減なところをそつと覗いて見た。――こんなことが書いてあつた。
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