彼は、苦い顔をして机の前に坐り始めた。
 周子は、その夫の姿を眺めると、わけもなく可笑しさが込みあげた。
(黙つて飯を食ふと、直ぐに彼の人は机の前に坐つて、物々しい顔つきをして煙草ばかり喫してゐる、此方だつて口なんて利き度くもない、清々と好い、だが一体あゝして何を考へてゐるんだらう、――若しかするともう月末も近いことだし、多分、今度は何と嘘をついて国許から金を取り寄せようか? そんなことをでも思つてゐるんだらう、だけど母親などにあんな大きな法螺を吹いて、東京へ出て来たのも好いが、一体どんな了見を持つてゐるんだらう、そんなことでも一寸でも聞かうものなら、自分が馬鹿で寂しいもので、大変口惜しがつて、物を壊したりするんだから、聞いて見るわけにもいかない……あゝ、飛んでもない奴と結婚したことだ。)
 田舎にゐるうちは、部屋が別々だつたので夫が稀に書斎に引き籠ることが続いても、何をしてゐるか周子には解らなかつたが、此処に借りた部屋は六畳二間が続いて二つあるだけで、書斎と居間の区別もあつたものではなく、夫のそんな発作に出会ふと、凡ての動作が彼女に観察出来るのだつた。気の毒な程だつた。
 滝野は、窓
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