らずには居られないだらう。」
「そんな同情をされても困るが――」
「好い加減にしろ、愚痴は止して貰はう。」
「親父のことはもうお終ひだと云ひ、そしてそんな評価とかなどを拵へたりしながら――彼奴[#「彼奴」に傍点]は何といふ虫の好い小僧だらう。」純吉はそんなに呟いで、変に無気になつて苦い唾を吐いた。「彼奴[#「彼奴」に傍点]といふのはこの俺のことだ。それにも関はらず、いけ図々しい甘ツたるさを振りまいて、彼奴はまた親父のことを書きやアがつた、つい此間! 然も長たらしく! 恥知らず奴! 文学とは何だ、小説もないもんだ。自分で自分のことを(不孝な子)が聞いてあきれる――三千尺の地下に静かに眠つてゐる父へ、またしても呪はれたる愚かな双手を差し延べるとは何事だ。」さう思つて胸を掻き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]る思ひにされた時、ふつと彼は、
(それにしても、あの騒々しい親父が、斯うも急にぴつたりと鳴りを静めたかと思ふと、何といふアツケないことだらう、恰で花火のやうぢやないか。)そんなキヨトンとした心が白く浮んで、危ふく失笑するところだつた。
「おい/\。」と川瀬が彼の肩を叩いた。「小説が書けないで困ることを取材にして書きかけた小説ツて、どんなことなんだ、悄気たりしないで書き続けたらいゝぢやないか?」
 おや/\、俺は今川瀬と、何の話をしてゐたのだつたかな――純吉は、夢から醒めた気がした。(あゝ、さうだつた、俺はさつき好い加減な出たら目を川瀬に話してゐたんだ。)
「うむ、書き続ける気だ。」純吉は、意味あり気にうなつた。
 実際彼が、さつき川瀬に、小説が書けないで困つたことを材料にした小説を、もう一ト月も前から書きかけてゐるなどゝ云つたのは、嘘だつた。それは悉く彼の、虚飾なのだつた。そんなことでも云へば、自分が以何にも思慮深く、そして執筆に相当の苦心をする如く思はれるだらう、そしたらいくらか重々しく見られるだらう――それ程低い程度の純吉だつた。だから彼は、友達から、
「君は、書くことが速いか? 遅いか?」などゝ訊ねられると、
「斯う遅筆ぢや困つたものだ。」と答へるのが常だつた。彼は、四五日前父に関する思ひ出を脱稿してゐた。想像力の鈍い彼には、それを書いたら、すつかり頭がから[#「から」に傍点]で、更に小説などゝは思ひも及ばなかつた。
「これから僕は如何《どう》したら
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