リング・ド・バンヂヨウとかなどゝいふおそろしく古めかしい唱歌を恰も今日の流行小唄でゞもあるかのやうに鼻にかゝつた音声で口吟む習慣を――加《おま》けに、田舎だから、田甫道などに来かゝると、川向ひの野良で仕事をしてゐる人達の耳にまでも響くほどの誰憚からぬ大声をあげて歌ひ歩くのだ。)――あんな風に面白気に風を切つて銀座通りを押し歩いてゐるのか? あんな歩き振りを称してギンブラとかと云ふのか? あれがモダン何とかとでも云ふのであらうか?――。
 そんな風に思ひ違へてしまつて、熱く憧れの眼を輝かすに至つたのである。左う斯うするうちに、或日のこと、Eといふ水車小屋の若者が思ひ切つて、おそる/\僕の袖を捉へて、実はこの間東京のデパートへこれこれの品物を、――あなたの、これを、行きずりに見た通りに絵に誌して、大至急の注文を出したのであつたが、折り返し「品切れ」といふ断りが来た。おそらく、売切れてゐるのだらう! と思ひ、途方に暮れてゐたのだが、さあ、もう斯うなると一層矢も楯も堪らなくそいつが欲しくなつたので、お願ひする、四五日の間拝借させて貰へないだらうか、これを雛形にして町の洋服屋で仕立てゝ貰ふ決心を
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