して云ふのであつた。あなたが、この鳥の羽根の冠を風に翻しながら、そして、ガウンの裾を肩の上にはねあげて、田甫道などを歩いて行く様子は、ほんとうに勇まし気に見へ、何時も思はず振り返つて、その颯爽たる姿が指呼の彼方に没するまで惚れ/\と眺めてしまふ……。
「あの人に比べると、おそらく体格の堂々たるあなたが――と私のスヰート・ハートが、私に向つて度々云ふのです……」
と若者は凄まじい声色をつかつて云ひ続けるのであつた。――「あなたが――と彼女が云ふには――つまり、私のことですよ、あれを着て歩いたら何んなに立派なことだらう、馬に荷物を積んで市場へ行つた帰りに、馬を飛ばせて戻るあなたの頭に、あの冠が翻つたら、――あゝ、あたしは何んなに烏頂天になることだらう、何んなに嬉しい心地であたしは、あなたを村境ひの丘で迎へることが出来るであらう。」
若者の言葉の調子は益々逆上して、息苦し気にさへ僕に映つた。
「僕達二人は、何時もあなたを見るにつけ堪らない物欲し気な眼を挙げて、そんなことを云ひ暮してゐたのですよ。私の彼女は云ひました――あんな痩ツぽちのチビ男が着てさへ、あんなに立派に見へるあのガウンを若しも……アツ! これは何うも失礼、うつかり飛んだことを……」
「関《かま》ひませんよ。その通りですもの――」
と僕は鷹揚に点頭いたものゝ、内心相当の不愉快が巻き起り、ついさつきまでは、それほどまでに斯んなものが欲しいといふのなら、もう少しで、現在妻が編みつゝある素晴しいアメリカン・ビユウテイのセーターが出来あがる由だから(無論僕は、セーターが出来あがるまでの一時しのぎに、斯んなものを着用してゐたのであるから――)進呈しよう! と思つてゐたが、それから引き続いて若者はいろ/\な交換条件を提出してまでも、譲り渡しを頼んだのに僕は、
「まあ、考へて見よう。」と一言云ひ残して、その場を立ち去つた。
ポーカーに負けた僕が或晩遅く居酒屋へ酒を買ひに行くと、先日のEをはぢめ、馬蹄鍛冶屋のY、村長のノラ息子、森の炭焼家、川向ひに住む執達吏、その他幾人かの屈強な男達が車座になつて何か密議に耽つてゐた。大方選挙に関する相談でもしてゐるのだらうと思つて僕は親爺が酒壜を荒縄でからげるのを片隅で待つてゐると、Eが傍らに来て叮嚀なお辞儀をした後に、また例の交渉を切り出すのであつた。僕はポーカーに負けて少々向ツ腹
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング