が立つてゐたところだつたので、
「そんなに欲しいんなら、持つて行くが好いさ――」
 と云つて、先づ帽子を脱ぎにかゝつたのである。すると、突如! ワツといふ叫び声が挙つたかと思ふと車座が飛び散つて、猛獣のやうに彼等は僕に飛びかゝり、口々に「俺だ!」「いや俺のだ!」「馬鹿を云ふな、俺が貰つたんだ。」と怒号しながら、恰で紙屑のやうに僕をもみ倒してしまふのであつた。僕は、苦しい/\! 待つて呉れ! と悲鳴を挙げながら素早く身を交して渦巻の中から飛び出したのだが、更に彼等はワーツ! といふ鬨の声を挙げて追跡にかゝつたのだ。寒い、明るい月の晩だつたよ。僕は白い街道を一目散に駆けながら、いよ/\堪らないと思つて、次々に身に着けてゐる品々を脱いでは棄て、脱いでは投げして、終に全裸《まるはだか》のパンツ一つになり、宙を飛んで吾家に戻つたのである。

 間もなく村の若者達の大半は、この服装に変つたのである。僕のを雛形にして、これが青年団の正服に制定されるといふことになつてしまつた。
「当分の間でも関ひませんから、あなたがひとつ村の青年団長となつて、思想善導の任にあたつてくれませんか。」
 恭々しく雛形を返還に来た村長は端然と座つて僕に云ふのであつた。僕は種々《いろ/\》の理由から推して、誠に残念ながら左様な名誉職の席に登り得るものではない――と漸くのことで辞退はしたのであつたが、そんなことが機縁になつて村の若者達と深い親交が結ばれるようになつたのだ。
 僕等は半分森林近くのキヤムプに住ふことになつてゐるのだが、休み日とか、通りがゝりのついでとか、月夜の晩とかには必ず彼等のグルウプがやつて来るのであつた。
 炭焼の若者や、猟師達も、皆な普段にこれを使用してゐるので、彼等が馬に乗つて彼方の谷間を駆けてゐるところや、野良で働いてゐるところでも、牧場で牛を飼つてゐる姿を望見しても、僕は、いちいち、大変な国! に来てしまつたといふ風な妄想に走らせられたりする位ひなんだよ。
 君、この同封の幾枚かの写真を見て、君にしろ、これが、新宿を起点とする小田急電車を柏山といふ小駅に降り、西北を指して五六哩――二つの丘を越へた高地で、山にとり囲まれた盆地の小村であり、然も千九百三十年の春であり、半日もかゝらないで君の処へ遊びにも行かれるなんていふところの風俗と思へるか?
 同封の写真は主に村長のノラ息子が撮影
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