樅の枝に懸けることが出来ました。
「二人で昇つて行つても安全であらうから、妾も、妾の頼る者の後に続いて、あの枝に腰をかけて共々に(祝福された星の歌)を歌はうではないか。」
 宙を腰木の枝からブランコになつて垂れてゐる梯子を、さすりながらフロラは切りと私の登攀を促します。
「では――」
 と私は、決心の瞑目をして云ひ切りました。――「おゝ、歌はう、幸福の枝を抱へたお前の肩に凭つて私達が橇道を降つて行く帰りの、橇の上で歌はう、未だ、あの幸福の枝は完全に吾々の手に帰したとは云へぬであるから、――一刻の猶予を与へてお呉れ。」
 その一刻の猶予が、真に私にとつては天国と地獄の岐れ道とも思はれるのでした。私は梯子の中途で、脚を滑らせさうな危惧にばかり襲はれてなりませんでした。単なる幹を伝ふよりも危い、ブラ/\とする縄梯子は全く私にとつて初めての冒険であります。
「よしツ!」
 と私は覚悟して、一振りの山刀を腰のバンドにたばさむと、神妙な脚どりで一段一段と縄梯子を昇りはぢめました。
 目が眩む――と思ふと、それは何も迷信的な臆病のみがさせる業ではなくて、橇に乗つた帰り途の想像が、私の魂を恍惚の吹雪で
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