つても、とても友達同志の仲間にヤア入れさせなかつたもんだがよう?」と、彼は、今ではその辺でも廃れてゐる故郷の町に隣接する農村地方の野語を拙く真似て用ひた。彼は、酒に酔つてはゐなかつたのであるが、ふと母のことが口に出たら、何だか心に異様に重苦しく寂しい蟠りが生じて、自然な会話を放つことが六ツかしかつたのである。で、なければ陰鬱な顔をして不快な沈黙に陥入るより他はなかつた。己れの心の蟠りを相手に感ぜしめぬ為に、反動的にふざけ過ぎて反つて相手に不快を与へるやうな失敗を往々彼は、繰り反す癖があつたが、これもその種の戯れでもあり、また別に、何といふ原因もなく或る種の親しい友達の間などでもテレ臭さを紛らす為に、二人だけで通用する異様な会話を、初めは戯れに用ひたのが何時の間にか癖になつてしまつた如く、時々彼が弟に執る無意味な遊戯でゝもあつた。――彼等は、十四五年の間がある二人だけの兄弟だつた。
 彼が、今もつて旅行癖のないのは、一つは幼時祖父母や母に依つて極めて保守的な教育を施された影響でゝもあるが、母が或る老境に入つたが為に次郎を急に放任しはじめたのだ――とは、彼には思へなかつた。毎年次郎は、母と
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