皆んなも出掛けたわよ。」
「厭だア。」と彼は、不機嫌に叫んだ。うつかり散歩にでも出ると、電車に突き当るか、川の中かへ転がり落ちでもしさうな気がした。また別に、いつか、夜大変に混んだ某電車が某停車場に入る手前のガードの上で故障が出来て停車すると、停車場に着いたのかと思つて一人が先に降りると、続いて何人か降り、八人目だかに漸く其処が歩廊ではなくて、降りた人々は悉く数丈下の道路に落ちて人事不省に陥つてゐたのが解つた、といふ話と、最近何かで見たのであるが、そんなことは千に一回の割合にもない珍らしいことださうだが、落下傘を背おつて航空機から飛び降りたところが、如何なるわけか傘が開かないで、その航空家は大怪我をした、といふ話を、別段斯んな場合に自分に何の関係もないのに、ふつと思ひ出すと彼は、水を浴せられたやうにゾツと五体が縮まる感に打たれた。
 彼は、突然彼女をガミガミと勢急に罵り出した。
「手前えの口の利き方が気に喰はないんだ、チヨツ/\/\! 何んだ/\その坐り方は! カツ! もう菓子なんぞをパクパクと喰つてゐやアがる、喰ひしん棒! ……あゝ、堪らない/\、神経病になりさうだツ、煩さい/\、どこかへ行つてしまへツ! あゝ、気持が悪い、独りにならなければ、とても堪ツたもんぢやアない! この吐気だつて、何も酒ばかしのためでもないんぞウ! 神経病のはじめなんだア! それをヒト(余)の気分にもかまはず、傍の奴が……あゝ、もう口を利くのも面倒臭いツ! カツ!」
 あまり突然の剣幕に怖れを抱いたのか? 彼女は、ギヨツとして頬をふくらませてゐたが、一言の言葉も発せずに間もなく涙ぐむと、口惜しさを凝つと肚に据ゑた素振りをして、やをらその場を去つた。
 彼は、晴れた秋空を静かに見あげて、眩暈ひを覚えた。――でも、飽くまでも凝ツと身動きせずにゐると、そんな五体にも微かに、爽やかな秋の気を感じた。
「早くこの病ひを治してしまはう、そしてあのチームに入会して久し振りに花々しい腕を奮つて見よう、海も山も、思案中にお終ひになつてしまつたし、他に運動の方法もないし……今度こそは!」などゝ思ひながら、細い腕をぬツと突き出して、ギクギクと折つたり伸したりしてゐると、他合もなく鬱屈が溶けて興奮さへ覚えた。そして、空々しく口笛を吹き鳴した。
 ふと彼が、見ると、前の木立の間で見えかくれに彼女が真正面に此方を睨ん
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