て質の好くない左の十五名を小笠原へ送ることゝなり、×日横浜出帆の郵船××丸で村長が伴れて行つた、母島では各農家に分配して使傭する筈。――
 或る晩、私はそんなことを声をたて、朗読した。新聞の夕刊記事である。別に、その記事が面白くて朗読したわけではない。私は、うつかり昼寝をして、眼を醒したら、もう夜だつた。
「散歩にでも行つていらつしやいな、ぼんやりしてゐないで。」などゝ周子にすゝめられたのだが、別に訪れる処もなし、漫然たる散歩は嫌ひなので出かける気がしなかつたのだ。ぼんやり椅子に胡坐をかいて跼つてゐたのである。――そんな朗読でもしたら、いくらか眼醒しになるかと思つて、夕刊を拡げていきなり眼に付いたところを読みあげたのだ。
「随分いろんな綽名があるんですね。」
 周子は、私の機嫌を取るやうに云つた。
「お前にも綽名をつけてやらうか。」
 私は、ふざけてそんなことを云つた。それには返答しないで彼女は、
「あなたは子供の時分綽名をつけられたことがある?」と訊ねた。
「無いな。」
 私は、一寸回想して見たが思ひあたらなかつた。「お前はあつたらう?」
「ありませんよ。」
「いやありさうな顔だ。」
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