なかつたが、出迎へに来た山の連中は誰一人彼女を娘と感じた者はなかつたのである。
 その遇然が俺達に、安全を齎せたのだ。
 あんな怖ろしい挿話を聞いたので、僕達は、そのまゝ、ミツキイを、男にしてしまつてゐたのである。彼女は、戸外へ出る時は黒い眼鏡を忘れなかつた。胸からズボンへつゞいてゐる労働服や、山刀とピストルの鞘のついた帯皮をしめた、西部型の牧童《カウ・ボーイ》パンツや、スペイン型の、鍔広の帽子や、長靴や、兵隊靴を着用しつゞけ、また、巧みに煙草を喫することを練習したり、出鱈目のアパツシユ・ダンスを演じて、奴等の度胆を抜いてゐたので、未だに誰も、彼女を、女と見破る者は、現はれなかつた。それには、それに準じて、僕達の決死的な用意を、ミツキイの男振りに関しては、仔細に保ち続けてゐたのだが――。
 ミツキイが日本語が喋舌れなかつたことも具合が好かつたし、精悍な風姿を持つてゐたので、例へば僕が、「こいつはね、横浜の不良少年でピストルのジヨンニーといふ命知らずなんだよ。」
 などゝ紹介すると、彼女は、こゝぞと云はんばかりに口笛などを吹きながら肩をそびやかせて、彼等の眼の先で、指の先にひつかけたピス
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