ある――左う云ふ迷信が深く彼等の脳裡に先祖代々から伝はつてゐるのだからといふやうな意味を聞かされた。だから、女のために犯した犯罪は、誰も別段とがめだてをする者もなく、山にさへ住んでゐれば決して市《まち》の牢獄へ曳かれることにはならぬといふことであつた。――彼等の言葉には余程の誇張があるわけで、いくらそんな山の中だつて、そんな、彼等が、口にする程の罪人が、事実横行してゐるわけのものではないのであるが、神様と女に関する掟を信じてゐることだけはたしかであるらしかつた。
一日《ついたち》とか十五日とかの祝日に彼等一同が隊伍を組んで、村里を目がけておし寄せる光景は、恰も永い航海の後に港に着いた海賊船の隊員を目のあたりに見るが如く、全く血に飢えた猛獣に等しいものであつた。彼等は半ヶ月の間に貯へた労金の袋を景気よく鳴らしながら、ワアーといふ唸りを挙げて村里の酌婦茶屋《オブシーン・ホテル》へ突貫すると、飲み、歌ひ、踊り、激しい一夜の歓楽を貪り尽して、夜明けを待つて山へ引きあげるのであつたが、この夜は娘を持つた家々は堅く扉《と》を閉して番犬の備へを忘れなかつた。村に営まれる三軒の茶屋は彼等の到来のため
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