裡の傍らで開帳される博打の車座に加はつて、勝利を得たこともあるが、一度だつて危害を加へられたこともなかつたし、また僕の見たところに依ると、寧ろ彼等は独特の人情に厚かつた。
「それあさうですとも――」
と僕がいつか彼等の不思議に温厚な恬淡さを見て首をかしげると、山番の老爺が嗤つたことがある。「皆なは一生この山の中で暮す決心を持つた独り者なんだから、女のこと以外で争ひなんて起すことはありませんよ。」
山番は熊鷹といふ通称で、五十年もこの山で働いてゐる人望を集めた山長《やまおさ》であつた。彼も亦、独身者であつた。で僕は、何うしてこの山の労働者は悉く独身者であるのか? と質問すると、彼は更に皮肉気な嗤ひの皺を深めて、
「この森の中に女が現れたら大変だ。誰の女房もくそもあつたものぢやない。忽ち、寄つてたかつて喰ひ殺してしまひますからな。」
彼は、さういふ類ひの怖ろしい挿話《エピソード》をいくつも語つたが、そんなやうなわけで、結局山の中には女は住めない、山の神様は女は不浄なるものとして住むことを許さぬ、山の中に現れた女は神様へのいけにえとして喰ひ殺してしまふことが、神へ対する最も忠実な信仰で
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