をさげて僕に懇願するのであつた。
 僕達には想像も及ばないのであるが、一人の女をめぐつて、平気でいくたりもの男が仲睦まじく、そんなことを云つてゐるのを目のあたりに見せられると、その、あまりな「唯物的」な愛の共有ともいふべきものに対して、僕は滑稽感さへ誘はれた。この間の婦人が、是非ともお前に会つて礼を述べたいからといふので皆なと一処にこれから山を下らないかと彼等は、僕達を迎へに来たのだが――といふ風に僕がミツキイに伝へると、
「発見される怖れさへなければ――」
 と彼女は、寧ろ同意した。
「若し発見されたとしても、村へ行つてからのことならば安心だよ。再び山へ戻つて来ない用意も整へてから行つて見ようぢやないか、不思議な面白さに出逢へさうだぜ。」
 僕達の代りを務める事務員が一週間ばかり前から到着してゐたので、僕達はもう何時からでも自由であつた。寝ても起きても、不自然な気苦労ばかりの連続て、ミツキイも僕も稍ともすれば溜息をついてゐたところであつた。――ミツキイの雪焦けの顔は、もう、とつくにさめてしまつて、朝晩のメーキアツプが相当の困難となつてゐたところであつた。夜おそく、人々が寝静まつたのを
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