見定めてから、馬小屋の隣りにある浴室で、闇の中でミツキイは浴《ゆあ》みをしなければならなかつた。僕は、ミツキイの入浴中、それは恰も国境を警備する番兵のやうな厳めしい顔をして、短銃を握つたまゝ張り番をしてゐるのであつた。――もう夏のちかい頃で、蛍がちらほらと飛んでゐた。
「終つたよ。出て行つても確かい?」
ミツキイは、稀な入浴時に、はじめて武装を解いた身軽さのまゝで、戸外の空気を呼吸することを希ふのであつた。――で、僕が一層眼を皿にして、あたりの気配を験べた後に、O・Kを告げると、
「ぢや、これを、あたしの窓の中へ投げ込んでお呉れよ。」
と、ほつとした彼女としての特有な声を送るのであつた。僕は、その時、未知の婦人の声を突然に聞いたやうな胸のときめきを覚ゆるのであつた。こんな山の中で、婦人の綺麗な声を聞くことが、いかにも荒唐無稽な現象のやうに思はれたり、また、こんな風な森の中であのやうな生活を続けてゐる男達が、女の夢のためには、あのやうに猛々しい狼になり変るのは当然のことであると、突拍子もない同情の念に駈られたりした。
「……タイム・イズ・トレジユア!」
僕がためらつてゐるのに気づい
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