の無頼漢同志の挨拶なのさと説明したらばね、ミスター伝は、俺達は西洋流を知らないことは幸福だ、知つてゐたならば、ぢや、あの禿鷹や山犬をつかまへて唇を寄せ合ふなんて……と彼は、思はずその光景を空想して、激しい戦慄と一処に唾を吐いたよ。」
「…………」
「大丈夫だよ。彼等はシネマを観た経験もないんだから。」
それでもミツキイは、僕のはじめの発言に驚ろかされて、いつまでも僕の胸の中で震へてゐた。
ともかく僕達は、寝む時に、夫々の枕の下に短銃を忍ばせることは忘れなかつた。風の激しい晩に窓が鳴つたりすると、思はず跳ねあがつて、顔を見合せることも珍らしくはなかつた。ミツキイは、厚い皮製の牧童ズボンを着け兵隊靴を穿いたまゝ、うたゝ寝のまゝで夜を明したこともあつた。
「奴等が、これと眼をつけた女を見つけ出せば、その晩のうちにおし寄せて、担ぎ出してしまはなければ、神様に申しわけがないと信じてゐるんだから――さうなればもう相手が役人であらうが、村長であらうが見境ひの余裕なんてありはしない。」
山長の熊鷹が、自分の若者時代の手柄噺などを語りながら、そんな意味のことを壮烈な方言で附け加へて、密かに僕達の胸の中を怯やかせたこともある。
二
毎日僕は目醒しい労働をつゞけてゐるので、ミツキイよりも先に目を醒したことはなかつた。僕が起きる頃には大抵もう朝餉の仕度が出来て、ミツキイは僕の出て来るのを待ち兼ねて、煙草をくわへながら囲炉裏の傍らでカルタを切つてゐることが多かつた。
朝は、前の日の労金を受けとりに来る者や、出勤の札を預けに来る人々で、事務所の受付口は仲々混雑するのであつたが、稍早めに出て来た人々は囲炉裏のまはりに集つて四方山の話に耽つてゐるのであつたが、僕が出て行くまでのミツキイは、言葉の通じないのは苦痛でもなかつたが、西洋人であるといふことで何となく人々の注視を浴びるのに向つて、容易ならぬ身のこなしの六つかしさに辟易した。
私は、だから目醒めると直ぐに、その「食堂」に駆け込んで、元気一杯に其処に集つた人々に向つて朝の挨拶を浴せると、
「ジヨンニー、綺麗な天気が続くぢやないか。」
などゝさりげなく呼はりながら、ミツキイの椅子の腕に凭つて――挙動さへ互ひに飽くまでも男同志らしく振る舞つてゐれば、会話は何を喋舌らうと自由であつた。
「さつきから、何うも伝の目つきが怪し気に光るのだが、不審を抱きはぢめたらしいよ――」
その朝、私の姿を見るがいなやミツキイは、囲炉裏の傍らで朝酒の茶碗を傾けてゐる伝を指差した。
「君達は今日は仕事は休みかね。」
五六人の者が、厭に落着き払つて傾けてゐる茶呑茶碗は悉く酒らしいので、僕が左う訊ねると、今日は、橇道がこわれたから、朝の発荷だけを済したら、一日休むと決めて村に下らうと思ふのだから金を借して欲しいと、稍不気嫌さうな口調で申し出た。――で、僕が納得すると、一同は忽ちはしやぎ出して、先日僕達に救けられた茶屋の女が、あの時の「ジヨンニー」の甲斐/″\しい様子に、すつかり魂を奪はれてしまつて、是非ともあの「男らしい異人さん」を伴れて来て欲しい、若しこの頼みを諾かなければ、今後決してもうお前達の申し出はお断りだ――と威嚇するのである。あの女には俺達五人の者が同じ程度に激しく参つてゐて、若し、そんなことになれば俺達は生甲斐がなくなつてしまふのだ、それ故今日は是非ともジヨンニーをあの女の許へ伴れてつて呉れ――と、五人ばかりの男が、云はれて僕は人数をしらべて見ると伝をはじめ、山猫、禿鷹、モモンガア等々と、たしかに五人の男が、頭をさげて僕に懇願するのであつた。
僕達には想像も及ばないのであるが、一人の女をめぐつて、平気でいくたりもの男が仲睦まじく、そんなことを云つてゐるのを目のあたりに見せられると、その、あまりな「唯物的」な愛の共有ともいふべきものに対して、僕は滑稽感さへ誘はれた。この間の婦人が、是非ともお前に会つて礼を述べたいからといふので皆なと一処にこれから山を下らないかと彼等は、僕達を迎へに来たのだが――といふ風に僕がミツキイに伝へると、
「発見される怖れさへなければ――」
と彼女は、寧ろ同意した。
「若し発見されたとしても、村へ行つてからのことならば安心だよ。再び山へ戻つて来ない用意も整へてから行つて見ようぢやないか、不思議な面白さに出逢へさうだぜ。」
僕達の代りを務める事務員が一週間ばかり前から到着してゐたので、僕達はもう何時からでも自由であつた。寝ても起きても、不自然な気苦労ばかりの連続て、ミツキイも僕も稍ともすれば溜息をついてゐたところであつた。――ミツキイの雪焦けの顔は、もう、とつくにさめてしまつて、朝晩のメーキアツプが相当の困難となつてゐたところであつた。夜おそく、人々が寝静まつたのを
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