に繁昌を続けてゐるので、この上もなく歓迎したが、彼等の中にも、そんな荒くれた遊蕩を嫌つて、民家に恋人を持つ若者もあつたのだ。ところが、若しも、そんな媾曳《あひびき》を仲間の者に発見されると、忽ち、可憐な恋人は「神様のいけにえ」に供されるのか、大勢の熊や狼に囲まれて、森の中に担ぎ込まれてしまふのであつた。
 僕は、或晩、気たゝましい女の悲鳴を聞いて、一散に戸外に飛び出したことがあつた。僕はミツキイを内に残して、扉に外から錠を降すと、短銃を脇腹に構へたまゝ山あらしのやうに森を突ツ切つて、悲鳴を追跡して行つた。
 得体の知れない喚き声を挙げて駈けて来る一団が、焚火《たいまつ》を先頭に立てゝ一本道を上つて来るので、僕は、ともかく、道の上に傘のやうに腕を伸してゐる老木の(何の木か知らないが)枝に、飛びついて、息を殺した。
「皆なで可愛がつてやるから往生するんだぞ。」
「山に泊るのも――お前にとつたら本望だらうが……」
 そんな男の声が聞えた。女は、定めし気絶してゐることであらう。この下に通りかゝつたら、いきなり蝙蝠のやうに奴等の上に飛び降りて、パン/\/\! と空に向つて、こいつを打つて(何故かと云ふと、山の連中は、何ういふわけかピストルといふものを常々から魔物のやうに怖がつてゐて、事務所に来てもそれがぶらさがつてゐる壁の下にさへも近寄りたがらないのである。)――。
「ロビン・フツドを気取つてやりたいものだぞ!」
 と僕は、ぞく/\と胸を躍らせてゐた。
「何を云つてやがんだい。」
 それが女の声だつた。――「手前達の食物になんかされて堪るもんかへ。往生ぎわの悪い狼共だね……」
 木の間を洩れる月あかりにすかして見ると、一人の男が、一人の女を肩の上に高くのせてゐるのを、多勢の者がぐるりと取り囲んで、意気揚々と引きあげて来るのであつた。黒い頭かずの上に差しあげられてゐる女の上半身が焚火の焔に照らされて、綺麗に、妖気を醸して見へた。
 そして、女は、屡々、夜鳥の叫びに似た声を挙げたが、仔細に眺めると、それは、怖れや、苦悶の悲鳴ではなくつて、誰やらが、女の脚のあたりを擽る度に放つ馬鹿/\しいわらひ声のようでもあつた。だから、女は、かしましい叫びを挙げながら、
「畜生――誰だい、あたいの脚を――あゝツ、擽つたいぢやないか――馬鹿ア」
 などゝ呼ばはつた。
「もう、そろ/\声をひそめろよ
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