。」
「熊鷹に見つけられちやならないからね。」
「がんどう窟《いは》に着いたら、いくらでも騒いで呉れ。」
 がんどう窟とは、例の博打を行ふ森の奥の洞である。彼等は、彼処に引きあげて――当分あの女を囲ふらしい。
 何のことか! と僕は思ふと、慌てゝ飛び出して来たことが少々馬鹿らしくなつたので、そのまゝ彼等を通してしまはうと考へてゐた時、突然行手の木影から見事な蹄の音を立てて突き進んで来る馬上の人物が現れた。
 と、見ると、今迄有頂天になつてがや/\と打ち騒いでゐた連中は、一勢に足並みを止めて、
「やツ、事務所の役人だ。」
「眼鏡の若者だツ!」
 などゝ叫んだかと思ふ間もなく、ワツと云つて、散り散りに繁みの中へ逃げ込んでしまつた。
 草の上に投げ出された女を、ミツキイが馬の上に救ひあげてゐた。
 Hurrah《ウラー》 !
 ミツキイは、冬の間北国のスキー場で遊んでゐたので、雪焦けのした顔だつた。山を訪れた時に、そこにも未だ雪があるだらうと思つて陽よけ眼鏡をかけてゐた。髪は短いボイツシユ・バヴで、はじめて山に来た時には乗馬ズボンを穿いてゐた。何も知らなかつた僕等は、その時は別段、何の魂胆もなかつたが、出迎へに来た山の連中は誰一人彼女を娘と感じた者はなかつたのである。
 その遇然が俺達に、安全を齎せたのだ。
 あんな怖ろしい挿話を聞いたので、僕達は、そのまゝ、ミツキイを、男にしてしまつてゐたのである。彼女は、戸外へ出る時は黒い眼鏡を忘れなかつた。胸からズボンへつゞいてゐる労働服や、山刀とピストルの鞘のついた帯皮をしめた、西部型の牧童《カウ・ボーイ》パンツや、スペイン型の、鍔広の帽子や、長靴や、兵隊靴を着用しつゞけ、また、巧みに煙草を喫することを練習したり、出鱈目のアパツシユ・ダンスを演じて、奴等の度胆を抜いてゐたので、未だに誰も、彼女を、女と見破る者は、現はれなかつた。それには、それに準じて、僕達の決死的な用意を、ミツキイの男振りに関しては、仔細に保ち続けてゐたのだが――。
 ミツキイが日本語が喋舌れなかつたことも具合が好かつたし、精悍な風姿を持つてゐたので、例へば僕が、「こいつはね、横浜の不良少年でピストルのジヨンニーといふ命知らずなんだよ。」
 などゝ紹介すると、彼女は、こゝぞと云はんばかりに口笛などを吹きながら肩をそびやかせて、彼等の眼の先で、指の先にひつかけたピス
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