気に光るのだが、不審を抱きはぢめたらしいよ――」
 その朝、私の姿を見るがいなやミツキイは、囲炉裏の傍らで朝酒の茶碗を傾けてゐる伝を指差した。
「君達は今日は仕事は休みかね。」
 五六人の者が、厭に落着き払つて傾けてゐる茶呑茶碗は悉く酒らしいので、僕が左う訊ねると、今日は、橇道がこわれたから、朝の発荷だけを済したら、一日休むと決めて村に下らうと思ふのだから金を借して欲しいと、稍不気嫌さうな口調で申し出た。――で、僕が納得すると、一同は忽ちはしやぎ出して、先日僕達に救けられた茶屋の女が、あの時の「ジヨンニー」の甲斐/″\しい様子に、すつかり魂を奪はれてしまつて、是非ともあの「男らしい異人さん」を伴れて来て欲しい、若しこの頼みを諾かなければ、今後決してもうお前達の申し出はお断りだ――と威嚇するのである。あの女には俺達五人の者が同じ程度に激しく参つてゐて、若し、そんなことになれば俺達は生甲斐がなくなつてしまふのだ、それ故今日は是非ともジヨンニーをあの女の許へ伴れてつて呉れ――と、五人ばかりの男が、云はれて僕は人数をしらべて見ると伝をはじめ、山猫、禿鷹、モモンガア等々と、たしかに五人の男が、頭をさげて僕に懇願するのであつた。
 僕達には想像も及ばないのであるが、一人の女をめぐつて、平気でいくたりもの男が仲睦まじく、そんなことを云つてゐるのを目のあたりに見せられると、その、あまりな「唯物的」な愛の共有ともいふべきものに対して、僕は滑稽感さへ誘はれた。この間の婦人が、是非ともお前に会つて礼を述べたいからといふので皆なと一処にこれから山を下らないかと彼等は、僕達を迎へに来たのだが――といふ風に僕がミツキイに伝へると、
「発見される怖れさへなければ――」
 と彼女は、寧ろ同意した。
「若し発見されたとしても、村へ行つてからのことならば安心だよ。再び山へ戻つて来ない用意も整へてから行つて見ようぢやないか、不思議な面白さに出逢へさうだぜ。」
 僕達の代りを務める事務員が一週間ばかり前から到着してゐたので、僕達はもう何時からでも自由であつた。寝ても起きても、不自然な気苦労ばかりの連続て、ミツキイも僕も稍ともすれば溜息をついてゐたところであつた。――ミツキイの雪焦けの顔は、もう、とつくにさめてしまつて、朝晩のメーキアツプが相当の困難となつてゐたところであつた。夜おそく、人々が寝静まつたのを
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