伏せしめて、難なく酒倉の扉を開かしめてやらうと思ふのであるが、
「それでも諸君は、今宵の月に不安の雲をかけようとするか?」
 と私は、マセドニアのフリツプを抗撃するデモスデネスもどきの雄弁をふるつて情熱の鬼と化した。喉の痛さを覚へたので私は傍らの水桶をとりあげると、それはドリアンのかいば水だ! と注意されたが、関はずにがぶ/\と呑んだ程の逞しい感情の意気に炎えた。
「ミスター Happy Pendulum!」
 と私の仇名を呼んで立ちあがつたのは、村役場の執達吏であつた。「残念ながら、その手は巌に向つて矢を放つよりも空しい戦略であります。既に音無家《おとなしけ》に於きましては、門番に命じて吾々一味の者の姿を見出すがいなや即座にあの[#「あの」に傍点]黒い扉を閉めて、あの[#「あの」に傍点]閂を入れさしてしまふ……」
 云ひも終らず彼は絶望の息を呑んで、引きさがつた。
 あの扉と、あの閂! それは実にも、一度び閉されたならば人力の微弱さを嘲笑ふ開かずの表象《シンボル》に相違なかつた。
「昨日も私はサイパンと伴れ立つて、談判に行きましたが……」
 続いて立ちあがつたのは牛飼男の権太郎であつ
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