直つて、どや/\と各自の腰掛に戻るより他はなかつた。サイパンも息を吹き返して、メイ子に腕を執られながらストーヴの火を掻きたてた。
私は、いつぞや私が自ら描写したイダーリアの肖像画が懸つてゐる正面の酒注台に飛び乗つて、両脚をぶらん/\させながら、
「さて、諸君、今の私の暴言を許し給へ。」
と一咳と共に云ひ放つた。――私は、一週に二回の宵を限つて、此処で、斯うして、彼等に「ギリシヤ哲学」の講義をするのであつた。――宇宙の根元は単なる火か、単なる水か、非ず、万物は永遠に火と水のしぶきをあげて流転する巨大なる水車《みづぐるま》なり、しぶきは絶え間なく遍々と飛んで混沌の虚空を宿す、影去りて光り射し、或る時は、雪晴雲散北風寒《ゆきはれてくもはさんじほくふうさむく》、光、影、火、水、このきらびやかな流転の姿に宇宙の秘義《ミステリウム》あり、恍惚《エクスターゼ》が生じ、生成の浴霊《エンツシアスムス》……二年前の春であつた、私は何うにでも大きくさへ云へば事足りる原始哲学の大法螺の巌を砕いて、縷々と説き来つて、プラトンの野を過ぎ、アリストテレスの街を飛んで、事態漸く中世の戦場に移らうとした頃から哲学と
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