能く便ち酔はれては、俺達も早々に住み慣れたる故郷《ふるさと》を逐電しなければならなくなるであらうと私は、泣かされた。
「黙れ、馬鹿野郎《バアバアル》!」
 と私は、大いに感興を殺れた腹立ちまぎれに、思はず傍らの漁夫の七郎丸の頭をぽかりと擲つた。
「…………」
 七郎丸の眼から球のやうな涙がポロリと滾れ落ちた。といふのは私の拳が痛かつたのではなくて、私の「永遠の夢」と現実との喰違ひが、憐れで、且また同情の念に堪へぬと云ふのであつた。
「先生!」
 と彼は、真に譴責を享けつゝある兵士の態度で云つた。「この悲しみを先生に見せまいと思つて私達は今日まで、あらゆる方法を講じてサイパンの樽を持ち続けて来たのであるが……」
 するとあちこちから溜息と咽び泣きの声が起つて、酒場は忽ち落莫たる秋の野原と化してしまつた。
「七郎丸、そんなことを先生に云つてはいけない……」
 メイ子は飛びあがつて七郎丸の口腔《くち》を両手で閉した。
「静かにしろ、バアバアル――それなら、それで俺にだつて思案があるぞ。」
 つい私も泣きたくなりさうになつたので、震へ声で叫んだ。私の発声と共に、一同は、思ひをとり直した如く立ち
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