て私は振り返つて見ると、酒倉から母家へつゞく灌木の繁みを縫つて、右方左方に提灯が飛び交ひ犬の遠吠えの声に入れまぢつて、たゞならぬ人々の仰天の叫びが吹雪となつて飛び散つてゐた。
「追手が来ると面倒です。鉤に脚をかけて下さい、先生――よろしいか。Tattoo !」
 七郎丸が口笛で合図すると、今度は酒樽の代りに私の五体が軽々と宙に浮んだ。
「執達吏と収税吏が、泥酔してしまつて、いつかな動かうともしませんが?」
「バンドに鉤をひつかけて、救ひ出してやれ、裏切者と思ふな――、君は、五本目の綱に飛び乗つて、酒倉の屋根を飛び越えるのだぞ。あゝ、面白い/\。」
 さう云つて私は、真に月世界の大時計の振子と化した想ひで、高く低く、次第にその振幅を増して、宙に能ふかぎりに大きな弧を描いた。
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[#ここから横組み]“Tattoo Tattoo”[#ここで横組み終わり]
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 不図気づくと、もはや、私はサイパンの酒樽に凭りかゝつて、酔後の一睡を貪つてゐたところであつた。
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Tattoo Tattoo !
フアラモンよ フアラモンよ
そして吾等
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