惑を示す筈であつた。
提灯の下に床几が運ばれると、酒樽は田野の指図で恰度私達の眼下の空地に並べられた。
田野と兵田は並んで焚火の前の床几に腰を降した。そして、二人の前には大盃がさゝげられた。
二人は先づ一盞を、おごそかに干した。
それが私達への「用意」の合図の筈だつたから、七郎丸と権太郎が、葉がくれに梢を伝つて酒倉の蔭に風のやうに飛び降りて、息を殺した。
私は、手に汗を提つて彼等の様子を凝つと視守つてゐると、何うしたことか田野も兵田も立ちあがる気色もなく、四つ五つと盃を重ねてゐるではないか。
「失敗つた!」
と私は呟いた。――「可愛想に二人は待ち焦れた酒の香に誘惑されて、前後のことを忘却したのだな。」
案の条二人は、次第々々に波動を高めてゆくペンドラムと成り変つて、歌でも歌ひ出しさうな様子になつて来た。
もう一刻の猶予も出来ぬ、あの二人に彼処で酔はれてしまつては一切のプログラムが滅茶苦茶になつてしまふ――と私は、気づくや、時を移さず枝から枝へ飛び移つて、いきなり焚火の傍らにバサリと飛び出た。
「アツ!」
と叫んで、思はず酒瓢箪をとり落した音無の主の顔色が透明白膏《セレ
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