幾部分かをサイパンの箱へ投げ入れてバツカスを祈つた。……一つ二つと数へて見ると恰度八十八段もある長い梯子を、ソフイストの職を擲つた私も、焦るゝ酒の夢を待遠しがりながら朝となく夜となく昇り降りしながら、せつせとサイパンの賽銭箱にお百度を踏んで来た信心家であつた。
蜜柑の収穫も済んで遥かの山々は斑らに雪を頂いてゐた。二三日前にメイが私の部屋に昇つて来て、
「お賽銭箱が、もうあたしの力では持ちあがらなくなつたわ。」
と包みきれぬ嬉しさを浮べた。
「お前のタンバリンの鈴を聞かれる日も、いよ/\眼ぢかとなつたわけか。おゝ、チヤラ/\と鈴の音か、金袋の音か知らぬけれど僕の耳には、はつきりと聞えるよ。」
私はメイ子を膝の上に乗せて、あれ[#「あれ」に傍点]はもうこれ[#「これ」に傍点]位ひ重いか知らなどゝ云つた。
「これ持つてつてよ――重いわ。」
私の笛の音を聴いて私の妻君も駆け出して来た。彼女は登山袋のやうに、バンドのついた手風琴を背につけてゐた。
「いよ/\到着したと見えるね。」
「えゝ、さつきサイパンと権太郎さんが馬車を曳いて音無村へ行くところを見たわ。」
「そんなら、さうと、此方にも
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