ので私は手風琴を弾きはぢめた妻君の傍らへすゝんで、
「一体これは何うしたわけか、僕は未だ胸中の工夫も少しも発表しないといふのに?」
 と質問すると、妻君は口笛の絶間に斯んなことを述べた。
 ――もう一ト月も私の講義に続かれたらサイパンはおろか、村の若者は悉く勘当されるといふ苦境に至つてゐたのである、といふのは講義が済むと私はいつもいつもあられもないソフイスト気取りで、飲む、飲む、飲む、それがもう大変な莫大な聴講料に当つてしまつて、あちこちの家々では家庭争議が絶え間もなく、やがては村の騒動にならんずる雲行であつた。
「さうであつたか!」
 と私は深い感慨に打たれて、それにしても彼等一同の憤しみ深かつたことに同情の念に堪へなかつた。
 それ以来私は、R漁場の魚見櫓に奉職して、毎日毎日何回となく長梯子を登り降りしてゐた。サイパンとメイ子は、店を閉ぢて漁場の食堂係りをつとめた。私達は、サイパンの店の一隅に巌丈な錠前をとりつけた銭箱を備へて、酒樽到着の夢を見ながら、漁《すなど》りの業人は海原へ、牛飼等は山向ふの牧場へ、小作家は田畑へ、皆々孜々として仕事に励み、一日の労銀を携へて帰る夕暮時に、その
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