、思はずサイパンを睨めつけてしまつた。――「何といふ無礼な奴であらう。」
私は、稍暫く重い腕組をして熟考の底にさ迷ふてゐたが、決して思はしい考慮が浮んで来なかつたので、つい溜息と一処に、
「これは、結局、金袋をこしらへるより他に手だてはないのかしら?」
と呟くと――突如、酒場は、スパルタの下院議員がアテネ討伐の可決に立ち上つた時のやうに湧き立つて鬨の声をあげるや、
「さうだ、さうだ!」とか「先生が、それを決心するのを俺達は息を殺して待つてゐたのだ」などゝ、或者は帽子を飛し、或者は上衣を旗にして絶叫した。
「――つまり明日から私も、講義を止めて、働くといふことなんだが……」
私は一同の者が何うしてそんなに激しく讚同の喚きを挙げるのか、不思議に思ひながら言葉を続けようとすると、彼等はもう私の言葉などには耳も傾けずに熱狂して、ドツとばかりに私をとり巻くがいなや、
「講義は休みだ、嬉しい/\!」
「酒が飲めないことよりも、講義の休みの方が甲斐がある。」
斯んなことを喚きながら、忽ち、先刻のよりも花々しいカロル踊りをはぢめた。もうすつかり、それで湧き立つて人の言葉などは聴く者もなくなつた
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