再婚
牧野信一

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 こんな芝居を観に来るんぢやなかつた――と夫は後悔した。彼は、細君がどんな顔をしてゐるか気になつて、一寸横目をつかつた。――「チヨツ、怪しからんぞ!」
 細君は夫のことなど毛程も意識にいれてゐないらしく息を殺して舞台を眺めてゐた。
 夫は、彼女のことばかしが気に懸つてもう芝居の筋なんて目茶苦茶になつた。が何でもそれは、女房が新しい思想とか何とかに眼醒めて、同時に新しい恋人を得て夫の許を走らうとする、――夫と何か云ひ争ひをしてゐる舞台だつた。
 幕が降りて廊下へ出た時、細君は物思ひに沈んでゐるらしく、夫に見へた。
「ちよつと面白い芝居だね。」
 夫は、わざとさう云つて見た。
「とても妾、気に入つたわ。」
 此奴、俺に厭がらせを云つてゐやアがるな――一寸さう見へぬ様子が夫は不愉快だつたので、無理に斯うひとり決めして、
「僕も一寸面白いと思つたよ。」と朗らかな微笑を洩した。
 次の幕が開いた。夫はもう帰りたかつたのだが、少しでも細
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