と云つた。
「フエンシングは何うなの?」
「それはおそらく君の方が、レギユラアな型であらう。」
「それはさうかも知れぬ。では僕の希望を云ふが、誤解しないで呉れ給へ。」
 私の手を握つたG氏の腕は微かな震へを帯びてゐた。そして酷く、口ごもりながら云つた。
「酔漢の骨格の運動状態を――詳さな、標本に撮りたいのだが――」

     三

 狭量な私は、憤つとしてしまつた。
 その後私はG氏に会ふ機会を失つてゐる。あの時も私は酔つてG氏に伴はれ、また帰途も同じ状態だつたので、未だに私はG氏の家が何処に在るのか知らぬのである。
 G氏からの手紙は、相変らず横浜のアドレスで来てゐる。そして私は、今、大森山王に家を借りて住んでゐる。はじめてG氏に遇つた時に、妻がG氏にすゝめられたといふ話を機縁にして私達は、この辺に家を借りたのである。
 この辺は外国人の住宅が殊の外多い。私は妻と共に時折散歩に出かけて、妻にG氏の家らしい道の記憶を訊ねるのであつたが、決して妻も思ひ出せぬと首を傾げるばかりである。
 私は、あの晩のことを未だ妻に話してはなかつたが、そして自分がモデルになることは断然厭なのであるが、G
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