ちに家を借りたいと思つてゐる――と云つたら、ぢや大森にしなさい、僕の処の近所に探しませんか――と云つてゐたもの。」
 私は妻と対坐して朝の珈琲をのみながら、不思議な思ひで、そんな会話をとり交してゐた。
 そして妻の云ふところに依ると、G氏は最近猛烈な不眠症に悩まされて、そのために時間的生活が一切無茶苦茶になつてゐる! といふことだつた。
 その不眠症の原因は一切の学究に対する疑問に根ざしてゐる、自分は命限り宇宙の神秘と闘はなければならぬ、自分が収めた幾つかの学問はこの闘ひのための弓であり、楯であり、矢である筈だが、これらの武器では何うしても飽き足りぬ、自分は詩を索めて止まぬ。有機的武器を索めて止まぬ――はつきり訳は解らなかつたがG氏はそんな意味のことを、興奮のあまり私と妻を一抱へにして呟いたかと思ふと(この部屋まで来て)、
「然し世界には驚くべきことが充満してゐる。」と叫びながら立ち去つたさうである。妻は、Gさんも余程お酔ひになつてゐたらしい! と付け加へた。

     二

 或晩私はG氏の書斎で、博物標本の映画を観てゐた。その中に私は二本の「レントゲン映画」――と彼が云つた――と
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