かと見ゆる逞しい紳士であつた、その場のことは記憶にないが(作家にとつての最大の悦びは、自己の芸術に理解を持つた友に遇ひ、忽ち何の隔てもなき雑談を始められるあの[#「あの」に傍点]花やかな心象である――)私は彼に送られて、その頃居た麹町の宿に帰つた――が私は、その翌日大森のホテルの一室に私自身と妻とを見出した。
「昨夜Gさんと話したこと覚えてゐる?」「全然覚えがない。」
「あの人は大変な学者なのね。あたしには好く解らなかつたけれど、博物と哲学と、そして医科のドクトルで……」
「何うしてそんなことが解つたの?」
「だつて、その家へ行けば誰にだつて直ぐ解るぢやないの――大変な本と、標本と、機械があつて……三つのドクトルであることは自分でも云つてゐたけれど……」
「あの家だつて!」
「Gさんの家へ行つたのを忘れてしまつたの、まあ?」
「……今から、もう一度出直して昨夜の詫びを云はなければならない。案内してお呉れ。」
「家は覚えてゐるけれど、あたしも道は解らないわ。」
「Gさんの家は大森にもあるのかしら――」
彼のアドレスは横浜山手である筈だ。
「えゝ、たしかにこゝの近くだわ、あたし達も近いう
前へ
次へ
全9ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング