つた。かなふ仕儀なら喉を鳴して飛びつきたい WET 派のカラス天狗が、食慾不振のカラ腹を抱へて、十日二十日と沼のやうな大樽に揺れる勿体振つた泡立の音を聴き、ふつふつたる香りにばかり煽られてゐると酔つたとも酔はぬとも名状もなし難い、前世にでもいたゞいた唐天竺のおみきの酔が、いまごろになつて効いて来たかのやうな、まことに有り難いやうな、なさけないやうな、実にもとりとめのない自意識の喪失に襲はれた。眠いやうな頭から、酒に酔つた魂だけが面白さうに抜け出してふわりふわりとあちこちを飛びまはつてゐるのを眺めてゐるやうな心持だつた。そのうちには新酒の蓋あけのころともなつて秋の探さは刻々に胸底へ滲んだ。倉一杯に溢れる醇々たる酒の靄は、享ければあはや潸々として滴らんばかりの味覚に充ち澱んでゐた。――鶏小屋の傍らでは御面師が切りと両腕を拡げて腹一杯の深呼吸を繰返してゐた。彼も「酒の酔」を醒さうとして体操に余念がないのだ。――万豊が地団太を踏みながら引返してゆく後姿が栗林の中で斑らな光を浴びてゐた。線路の堤に、音鬼、赤鬼、天狗、狐、ひよつとこ、将軍などの矮人連が並んで勝鬨を挙げてゐた。――もともとそれらは私
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