だ。」と呟きながら奥歯のあたりを親指の腹でぐいぐいと撫た。鼻は所謂ざくろ鼻といふやつだが、たゞ赤いばかりでなく脂光にぬらついて吹出物が目立ち、口をあく毎に双つの小鼻が拳骨のやうに怒り鼻腔が正面を向いた。そして笑つたかとおもふと、その瞬間に笑ひの表情は消え失せて、相手の顔色を上眼づかひに憎々し気に偸見してゐるのだ。
「よろしい、俺が引受けたぞ。」
彼は折々突然に開き直つて、いとも鹿爪らしく唸出すと大業な見得を切つて斜めの虚空を睨め尽したが、おそらくその様子は誰の眼にも空々しく「法螺忠」と映るに違ひないのだ。
「忠さんが引受けたとなれば、それはもう俺たちは安心だけど、だが――」と松は神妙に眼を伏せて楊枝の先を弄しながら、誰々を抱き込んで一先づ背水の陣を敷き、などゝ首をひねつてゐた。法螺忠のそんな大業な見得に接しても至極自然な合槌を打てる松共も、亦自然さうであればあるだけ心底は不真面目と察せられるのだ。彼等は、何か選挙運動に関する思惑でもあるらしかつた。柳下杉十郎が再度村会へ乗出さうといふ計画で、法螺忠やスツポンが運動員を申出たものらしかつた。自分たちが当今村人たちから、あらぬ反感を買つて
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